「そごう跡問題」についての私の見解

 以下の文章は、豊田市当局が、「そごう跡問題」について別冊広報で市民の意見を求め ていたのに対し、メールで意見提出をしたものです。
 その後、松阪屋の出店が決まりましたが、私が述べている本質論は依然として有効だと 考えています。みなさんのご批判がいただければ幸いです。(5月8日記)

パンフ「豊田そごう閉店に伴う市の対応策について」に寄せて

豊田市寺部町3−78 .
小林  収(56歳)
 振り返って見て「バブルの時代」と呼ばれた1980年代以降、わが国の、とりわけ自治体 は、交流人口というものの取り合い合戦に、相当な精力を傾けてきました。あたかも、この 合戦に勝利することが、自治体間競争に勝つことであり、それが自治体の使命であるかのよ うに思い込こんで。
 その結果、21世紀を担う世代に膨大な借金返済義務を残して、20世紀を終えることにな りました。
 21世紀が、これまでのような経済拡大を望むべくもない時代になるであろうことは、い まや市民の常識になりつつあります。したがって、市民が自治体にかける期待も、市場原理 に基づく競争の場に介入して右往左往するのではなく、市場の論理に照らして明らかに不採 算となる分野こそ重要視し、定住する市民の市民生活に必要不可欠な課題に、集中的かつ効 率的に税金を投入することにあると思います。
 豊田そごうの閉店問題は、そうした豊田市の政策転換を内外に示す絶好のチャンスであり ます。
 以上の観点から、各戸に配布されたパンフをもとに、若干の意見を申し述べたいと思います。

1.パンフの記載事項の問題点

(1)一方的な情報と、決定的な情報提供の不足

 このパンフの内容は、ニュートラルな情報を市民に提供して、市民の公正な判断を 仰ぐという姿勢では構成されていません。なぜならば、そこには、市が放置したばあい のデメリットと、市が対応策をしたばあいのメリットが、比較されているだけだからで す。市民が最も知りたいのは、市が対応策をしたばあいのデメリットに関する情報提供 です。つまり、市民の最大の関心は、「後継百貨店が来てくれるのはいいが、もしその 百貨店の経営がまずくなったら、税金の48億円はどうなるの」という点にあるのです。
 この疑問を解消するには、資金回収ができるとされている「経営シュミレーション」 と、そこに書かれている数字の算出根拠が提示されねばなりませんし、そのシュミレー ションを作成した公認会計士グループの氏名を公表し、市民からの問い合わせに答えて もらうようなルールが設定されねば、市民にとって対応策の当否の判断は不可能です。
 また、市が直接経営にあたるのであれば、税金の流れは市議会での議論などでの解明 が期待できますが、第3セクター方式のばあいは、極めて不透明になってしまいます。 新しい第3セクターの具体的な構想、および、その基となると言われている現在ある第 3セクターの経営実体が明らかにされなければ、市民の信用を得ることはできません。

(2)パンフにおける決定的な論理矛盾

 パンフでは、「豊田そごう跡のビル再生は、本来民間資本の役割ではないですか」と いう自ら設定した設問に対して、「そのとおりですが、民間資本が動く気配がないので、 市が乗り出します」と答えています。つまり、豊田そごう跡のビル再生は、市場の論理 ではできないことを率直に認めた上で、対応策が提案されています。そうであれば、豊 田そごう跡のビルは、市場の論理になじまない施設(例えば、公共施設など)として 再生が考えられるべきであるのに、結論は、後継百書写店誘致のための対応策になってい ます。
 市は、自ら市場の論理にはなじまないと判断した分野に48億円の公的資金を投入し、 それを市場の論理で回収できると主張しているのですから、これは明らかに論理矛盾で す。

2.公的資金投入の諸条件について

 パンフでは、自ら設問した「市が最終的に資金貸付けを決定する場合の条件は何ですか」 という問に対して、いくつかの条件を付して答えています。この条件について検討してみま す。

(1)「百貨店などの後継テナントが見込めること」

 いまや多くの市民は、「市が48億円を出しさえすれば、すぐにでも松坂屋が進出し てくれる」と信じています。果たしてそうでしょうか。素人考えですが、豊田そごうが 12年間で積み重ねた巨額の累積債務を思うと、その跡に百貨店がおいそれと進出を決 めるとは考えに難いのですが、下司の勘ぐりでしょうか。それとも、すでに、どこかの 百貨店から進出を確約する一筆をもらっているのでしょうか。
 これまでも豊田市は、誘致した企業の進出問題をめぐって苦い経験をいくつかしてい ます。いま論じている豊田そごうについても、一時「出る、出ない」の話がありました し、駅東のサテイでも、誘致のために関係者が苦労されたと聞いています。最近では、 花本工業団地からの旭ガラスの撤退も話題になりました。
 もし、公的資金を投入して、第3セクターが豊田そごうの土地・建物を取得した後、 いま想定されている百貨店が進出しないことになったら、どうなるのでしょうか。市が 市民に約束した条件を満たしていないからと、48億円を撤収するのであればそれなり に理解できますが、実際問題として、そんなことは不可能でしょう。
 ここに提示された条件は、このような重みをもっていることを、肝に銘じていただき たいのです。

(2)「まちづくりのための新しい第3セクターができること」

 この条件は、市民にとっては何の条件にもなっていません。なぜならば、ほとんどの 市民は、第3セクターつくりに関与させてもらえないからです。と同時に、市民は、「第 3セクターなどは、市がつくろうと思えばどんどんできてしまうものだ」とあきらめて います。
 地主を中心とする豊田都市開発株式会社や、商工会議所を取り巻く一部の関係者は、 それこそ夜も寝られないくらい、悩み苦労をしておられると思いますが、残念ながら、 それは、ほとんどの市民にとっては、預かり知らぬことなのです。なぜならば、これま で中心市街地をめぐって活動してきた第3セクターの実態は、全くと言っていいほど、 市民には情報提供されてこなかったからです。
 「しょせん、第3セクターなどは、利害関係のある有力者と市の幹部が集まって、ご そごそつくるものだ」という市民感情を払拭するためには、第3セクターに関する全面 的かつ徹底的な情報開示が大前提条件です。

(3)「貸付金の回収が見込めること」

 冒頭で指摘したように、このパンフを読むだけでは、市民は、貸付金の回収が見込 込めるかどうかの判断はできません。つまるところ、市が言っていることを信用する かしないかの、極めて感情的で非合理的な判断を求められていると言わざるを得ませ ん。
 合理的な判断をする情報を与えられていない市民としては、万一、市の予測に反し て、貸付金の回収が見込めなくなった時点での責任は、誰がどう取るのかを、問いた くなります。経営に携わる第3セクターの役員の方々が私的財産を投げ打って責任を 取られるのは、当然のことと思いますが、公的資金の貸付けを政策決定された、市長 はじめ現在の市幹部のみなさんの責任はどうなるのでしょうか。
 市議会の議決を経て、実際に資金を支出するまでには、この点を市民の前に明らか にしていただきたいと思います。

(4)「市民の皆様にお知らせし、大勢として理解が得られること」

 このパンフが、「市民の皆様にお知らせ」する一手段だと思いますが、文章で意見 を述べる市民はそう多くはないと思います。とすれば、何をもって「大勢として理解 が得られ」たと判断するのでしょうか。
 いま、文章で意見を述べる市民は多くないと言いましたが、それは、この問題に市 民が関心がないという意味ではありません。もし、市当局が豊田そごう跡ビルの経営 についての過去・現在・将来に渡るすべての情報を公開し、「出前講座」ような形で 市民の意見を求めたら、それこそ35万市民総経営者になったように、様々な議論が 百出すると思います。市民は無関心どころか、雑誌や新聞を読み、耳学問を重ねて 様々な意見をもっているのです。
 豊田市は、サッカー場問題の政策決定で大失敗したように、このような多様な市民 の意見を集約する手先てを確立できていません。すべての政策決定に関して、この点 が今後の最大の課題です。

3.中心市術地の商業政策に関する提言

(1)まず、過去の失敗に学ぶこと。

 極めて大雑把に言えば、中心市街地には、過去十数年間に官民あわせて約1千億円の 投資がされた結果、定住人口は半減し、長崎屋・ユニー・アピタが撤退し、豊田そごう は閉店されました。道路は随所で拡幅整備されましたが、そこを歩く人々も、小商店の 数も、めっきり少なくなりました。市当局の考えは、市街地再開発事業などで定住人口 を減らしたとしても、商業拠点施設で交流人口を集めて、文字通りの中心市街地にしよ うとするところにあったのでしょう。しかし、この惨憺たる結果を、まず率直に認める ことからしか、次の政策は打ち出せないと思います。
 大商業資本が唱えるアメリカン・スタンダードの流れに沿った大店法の相次ぐ改悪に よって、近郊型大型量販店の進出で、地域密着型の商店街が崩壊されてしまった例は、 全国に枚挙の暇がなく、豊田市も例外ではなかったのです。それに加えて、豊田市は マイカー文明の全国の最高位にあったのですから、鉄道輸送を頼りとする駅前周辺に おける大型量販店への集客は、二重の困難をきわめたと言えます。
 つまり、豊田市駅周辺における大型量販店による交流人口の集客は、地球環境問題 の要請によってマイカーの生産規制でもされない限り、市場原理からは不可能であるこ とを、過去の経験から学ぶべきではないでしょうか。その上で、中心市街地と言われて きた挙母下町に対して、行政が果たすべき役割を考えるべきです。

(2)地域社会としての下町コミュニティーの再生を。

 大型量販店だけでなく、昔からの小商店が相次いで店じまいをしてしまう現状は、下 町という地域社会そのものが、崩壊しつつあることを示しています。
 相次ぐ再開発事業で定住人口を追ってしまったのは、行政の責任でもありますから、 まずは定住人口を増加させる施策が必要となります。思いつくままに言えば、どんな商 業施設にも必ず住居機能を併設することや、老人福祉型公営住宅の建設、また、ディサ ービスやショートステイの小施設などは、一商店街に一つずつあってもよいと思います。 都市計画法の観点からすれば、思いきって商業地区を縮小し、住居専用地域を増やし、 場所によっては高さ制限をかけることも必要でしょう。
 また、一部で熱心に取り組まれている下町を流れる小川の再生事業や、児ノロ自然公 園の拡充も、長期的な展望をもって、かつ、そこに住んでいる人々(自治区の役員だけ でなく)との協同作業で進められることが必要だと思います。
 つまり、「下町は商業地区」という観念をいったん捨てて、市内にどこにでもある一 つの地域として、まちづくりに取り組むことが大切だと思うのです。現在市の各地で、 市の提唱によって、いくつかのまちづくり運動が展開されています。その場に臨んだ市 の職員は、「まちづくりは、一代、二代でできるものではありません。百年、二百年か かってやっと完成するものです」と説明しています。
 いったん崩壊しかかっている下町をコミュニティとして再生させるためには、同様の 長期的展望が必要です。そのための舵の切り替えが遅れれば遅れるほど、再生が遅れて しまうことを恐れるのです。

(3)当面の対応策について

 とは言え、現在事態に直面している行政の責任者としては、「このまま放置して置い てよいのか」という思いが強くあると思います。駅西再開発事業の際に、「絶対に損に はならないから」と地主を説得したであろうことも、容易に推測できますから。けれど も、くどいようですが、もし豊田市のような財政力が豊でない自治体であちたら、為す 術もなく、市場原理に任せざるを得ない事態であることは、しっかり確認しておくこと が必要です。
 また、行政がしてはならない選択は、失敗した百貨店の跡に、平身低頭して百貨店を 誘致して、10〜15年後に再び同じ過ちを繰り返すことです。その危険性が少しでも あるのならば、してはならない選択です。
 その上で、放置することで無策と非難されることを免れる当面の対応策としては、二 つのことが考えられます。
 その1は、もし48億円で豊田そごうの土地・建物が取得できるのであれば(この金 額が適正な価格であるかどうかは、判断材料がありませんが)、T-FACEと共存で きるような公共施設として、整備活用することです。つまり、市は公的資金を投入して、 豊田そごうの後始末をする替わりに、商業活動から手を引くという選択です。
 その2は、地方新聞で一部の市民が提唱しているように、トヨタ自動車(株)に乗 り出してもらって、車の展示場などとして利用してもらうことです。考えて見れば、い まトヨタ自動車はわが国の第二次産業の中で、一人勝ちの感がありますが、同社がこの 町のまちづくりに何か貢献したことがあるかと言えば、寡聞にして思い当たりません。 市場の論理によっては再生不可能な、豊田そごう跡の再生を、同社が資金を投入して図 ることは、企業城下町と言われるこの町で、企業の社会的責任を果たすことでもありま す。
 行政の責任者が苦渋の選択で、日々悩んでいる問題にこそ、トヨタ自動車に対して、 採算を度外視した対応を要請することも、行政の責任を果たすことになると考えますが、 いかがでしょうか。

後書き

 ここまで書いた直後に、NHKニュースで、市の対応策がそごうおよび債権者銀行に受け 入れられなかったという情報を得ました。
 これ以上、豊田市が、そごうおよび債権者銀行との金銭的駆け引きを強いられるのであれ ば、豊田そごうの後始末の問題は、淡々として破産手続きの一環としての競売手続きに委ね た方が得策のように思います。そうすれば、投入する資金額の説明も容易になります。
 ただ、そのばあいには、豊田そごうに対して負債を負っている豊田都市開発株式会社の 救済の問題が浮上するでしょう。しかし、そのばあいでも、同社の経営実体を市民の前に全 面開示して、同社の救済の是非と、市が競売手続きに参加することの是非を、あわせて議論 した方が、このパンフで市民に判断を求めている議論よりは、ずっと分かりやすい議論にな ると思います。
 鈴木市長も生粋の公務員です。公務員というのは、本来、こうした金銭的駆け引きには不 向きな人種です。とすれば、神経を病むようなこうした交渉からはアッサリと離脱して、法 の仕組みに任せるという態度を取られる方が賢明のように思います。
 蛇足を申し述べて、「豊田そごう問題」についての私の意見とさせていただきます。
以上
(2001.3.1記)

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