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日記

( 2003/05 ← 2003/04 → 2003/03 )


2003/04/30(水)  ガンセンターへ見舞い
 今日も遅起きをして、午前中相続の相談1件。
 夕方、県ガンセンターへ友人の見舞い。僕が見舞いをするとは逆に、落選後の僕の活動について、極めて意義ある提案を受けた。彼の具体的な提案は、その実現性を検討してから明らかににしたいが、言外に指摘されたと感じたことは、(1)2期の県会議員を勤めたのだから、問題の視野を豊田市内に限らず、愛知県内へ広げるべきだ、(2)「君や大松沢」の特性はインテリジェンスにあるのだから、票の拡大を求めることを断念するのならば、知的発信をする活動をすべきだ、の2点であった。
 彼の言うような活動をすれば、まだまだ忙しい生活が続くなと思いつつ、見舞いに行って励まされ、妙に元気が出てきた。
夕食に焼きうどんをつくって、1人で多目の晩酌をした。
曇り時々雨


2003/04/29(火)  水利組合・顕彰会
 午前、鞍ヶ池水利組合の全体会に出席して、顧問退任のあいさつ。いろいろ言いたいことがあったが、どうしてもノスタルジア気味になってしまうので、簡単に終えた。
 夜、渡辺守綱公顕彰会の理事会。相変わらず出席率抜群。日帰りの史跡めぐり旅行を6月3日に決めるなど、必要な決定を気持ちよくできた。
晴れ時々曇り


2003/04/28(月)  のんびりと
 岡田事務所から帰って、「ひまわりネット」で最終の開票結果を確認して寝たのが、2時半。十分朝寝坊をして起床。
 午後はのんびりと、購読している雑誌記事を拾い読みした。「労働情報」「水情報」「環境と公害」「自治体学研究」など。読みながら、どの雑誌の講読を断ろうかと考えた。
晴れ


2003/04/27(日)  おかだ耕一勝った
 豊田市議選の開票結果、岡田市議が定員40名中30位で当選。僕のリベンジ・マッチと位置づけていただけに、うれしいと同時にホッとした。大げさに言えば、僕が生涯かけてきた政治運動の糸が切れずに済んだという思いだ。早速「市民の会」の定例会の再開をメンバーに告げた。
晴れ


2003/04/22(火)  ピンチ
 岡田の市議選ピンチ。これ以上のことを書くと、公選法に抵触する危険性あり。よって、27日まで本欄の更新を停止。
晴れ


2003/04/21(月)  街宣は寒かった
 約束していたとおり、午後、岡田事務所に「出勤」。3時半過ぎから街宣車に乗車。5時ごろから急速に冷えてきた。夜、個人演説会に顔を出して帰宅。10時過ぎに法律相談あり。
晴れ時々曇り


2003/04/20(日)  岡田出陣式
 岡田市議の出陣式。「枯れ木も山の賑わい」であいさつをした後、事務所のまわりをウロウロ。夕刻前に帰宅して、司法書士稼業。
雨


2003/04/19(土)  特記事項なし
 朝、自治区の用排水路の清掃作業。午後、岡田市議の選挙ハガキなど。
 横になるとすぐに眠たくなる。選挙の疲れが徐々に出てくる感じだ。
曇り時々雨


2003/04/18(金)  行政書士会
 昼間、最後のご奉公と思って、鞍ヶ池水利組合の決算・予算書の調製。
 夕方、行政書士会豊田支部建設業部会の懇親会に出席して、お礼とお詫びの挨拶をして、飲んだ。
晴れ


2003/04/17(木)  特記事項なし
 まさに特記事項なし。探し物をしたりして、ダラダラと一日が終わった。
晴れ


2003/04/16(水)  きょうの市民の会
 午前中、推薦をもらった矢作川漁協や、高中同年生の溜まり場である喫茶店などへあいさつ回り。それぞれに僕の当選にかける思いが強かったことを改めて思い知らされ、当選への幻想を振りまきながら選挙をしたのではないかと、やや自己嫌悪。
 午後は、岡田市議の選挙ハガキと、司法書士稼業に手を着けた。
 夜の会合は、岡田事務所で。岡田君から選挙中の応援弁士を頼まれた。落選した者がやるべきでないという思いもしたが、僕自身のリベンジ・マッチと思って引き受けた。
晴れ


2003/04/15(火)  あと始末いろいろ
 落選を潮時と思い、寺部町自治区と鞍ヶ池水利組合の顧問の辞職願を提出。水利組合の方は午後に受諾が伝えられた。
 午後、推薦をもらった団体への挨拶文の作成。市議選の岡田耕一君の選挙ハガキの宛名書きなど。
雨


2003/04/14(月)  お詫びあいさつ
 昨夜は3時ごろ就寝で、8時半ごろ起きた。
 事務所に寄ったあと、妻と単位おさむ会の会長にお詫びのあいさつ回り。みんな、涙を流さんばかりの対応だった。
 午後は、免責が微妙な自己破産の相談で、電話で弁護士の意見を聞きながら、当事者と家族とを行ったり来たり。
 夜は、若干のお礼の電話をした。
曇り


2003/04/13(日)  完敗
 選挙結果は完敗だった。公明党の小島氏との票差が、前回の1600票から、7000票まで広がった。
 小島氏の26662票という票の多さの驚きよりも、自分の豊田市内での得票が800票減ってしまったことの方が不思議だ。事務所の雰囲気も街宣車の当たりもよく、選対で組み立てた戦術はほぼやり遂げたのだから、前回の票を下回ることはないと確信していたので、理解に苦しむ。
 この結果が、僕の人生の一つの区切りになることは間違いない。
晴れ時々曇り


2003/04/12(土)  県議選終わる
 県議選のすべての日程を終えて、午後10時半ごろ帰宅。街宣車中心の僕としては、雨が多いのと寒さに参った。
 人間は現金なもので、勝敗によって感想は全く違ったものになるので、今日はコメントしない。

曇り時々雨


2003/04/03(木)  一大事
 今日まで、まさに精神主義で選対を引っ張ってきた事務局長がついにダウン。睡眠時間の短さを自慢にしていたから、心配していたことがついに生じたという感じ。しかし、これを機会に、仕事の分散体制ができれば、必ずしも悪いことばかりではない。かえってみんなが協力的だった。
晴れ時々曇り


2003/04/02(水)  何となくイライラ
 事務所にいながら、時々思い出したように支持者を訪問して、事務所に居たり出たりで、一日が過ぎた。
 明日からは、この日記を書く時間も惜しくなるだろう。
曇り時々雨


2003/04/01(火)  特記事項なし
 今日もアタフタと挨拶回りなどで、日が暮れた。
 夕方休息した喫茶店で、(社)生活経済政策研究所発行の月刊誌「生活経済政策」3月号の座談会「日欧の中道左派の現状と展望」を読む。わが国では、反体制勢力の構成において、ネオ・リベラルと革新的市民運動とが渾然一体化してしてしまっていて、しかもそれらの勢力が、自民党内の小泉的改革派と守旧派との対立に巻き込まれてしまっていて、自民党に対するオルタナティヴな路線が提示できていないことが悲劇的だという指摘に同感。僕にだって情勢分析はできても、戦略戦術がたてられないことに悩んでいるのだが、それの回答までは見出せなかった。
晴れ


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