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日記

( 2003/07 ← 2003/06 → 2003/05 )


2003/06/30(月)  通夜
 夜、通夜。まるで「おさむ会」の会合のような顔ぶれだった。
 昼間、司法書士稼業や原稿書きを1人でやっていると、「僕もアチラ側に行って慰めてあげたら、喜ぶだろうな」と一瞬思ったりもした。こんな迷いがしばらくは続くのかも知れない。
晴れ


2003/06/29(日)  ショックな事件
 早朝、親しい友人の1人であり、選挙を懸命に準備してくれた人の自殺の報あり。司法書士として相談にのっていたことがあっただけに、大変にショックだった。なぜこんなことになったのだろうと、思い続けている。
 午後、三好町と足助町の町議の参加を得て、合併問題の雑談会。参加者の大勢は、2段階合併論に落ち着いた。 
晴れ


2003/06/28(土)  顕彰会総会
 午後、渡辺顕彰会の定例総会。村上忠順と渡辺家9代綱光の関係についての講演を聴く。当たり前のことではあるが、寺部城主は寺部だけで生活していたのではないことが、よくわかった。全体が何とか無事に終わった。
 夜は、まちづくり協議会の事実上最初の委員会。会議がうまく進んだとは言えないが、みんなのやる気は伝わってきた。
曇り時々雨


2003/06/26(木)  行政書士会研修会
 午前、歯医者。
 午後、行政書士会の支部研修会。テーマは「税金」。僕は「脱税指導」があると思って出かけたが、真面目な内容。特に、財務省や国税庁が出している、税金の使い方についてのパンフレットは勉強になった。そして、国の財政官僚が、いかに無能力で定見がないかが、よくわかった。これで、税金を納める気持ちが、ますます無くなった。
曇り


2003/06/25(水)  きょうの市民の会
 岡田市議の議会報告の中で、義務教育の2学期制が若干の話題に。PCB問題で、処理施設予定地周辺にビラまきをすることを決定。選挙後の会の再発足を確認するための集会を、8月3日(日)夜もつことを決定し、その前に会報を出すことを決めた。
曇り時々雨


2003/06/24(火)  顕彰会理事会
 午前と午後、各1件、自己破産申立のための事情聴取。テーマがテーマだけに、消耗感あり。
 夜、6月28日の総会準備のための渡辺顕彰会の理事会。みんなが協力的で、気持ちよく終わった。
雨


2003/06/23(月)  書けない
 司法書士稼業の後、「おさむ会ニュース」最終号の総括文に着手。顔を知らない人々に誤解を与えない文を書くのは至難のことだと感じ、減るのはタバコばかりだった。
曇り時々雨


2003/06/22(日)  寺部おさむ会
 朝、雨で順週となった町内の草取り活動の後、畑の草取り、墓掃除と、昼過ぎまで頑張って、くたびれた。
 夜、寺部おさむ会の残念会。「親睦会でもいいから会は残そう」ということで、衆議一決。僕の暮らし方についても、多様な意見があって参考になった。
 新聞で話題の「日本共産党綱領(案)」を通読。ドイツの緑の党や社民党、スウェーデン社民党などの綱領と比較すると、翻訳のせいもあるかも知れないが、格調の低さが気になる。アチラの方は、国民生活のあり方よりも、人類の未来を論じているように思われるのだが・・・。
曇り


2003/06/21(土)  肉じゃが
 夕方から、かつて反連合的労働組合運動を戦った人々を中心とする選挙の残念会。僕の敗北を、自らの運動の限界と受け止めてくれる人たち。自炊の宴会。「食材を用意するから肉じゃがをつくってみろ」と言う仲間がいて挑戦した。結果的に売れ残りは少なかったが、「こんなに汁があるのは、豚汁の出来損ないではないか」と言われて、落ち込んだ。
晴れ


2003/06/20(金)  三志おさむ会
 夕方から、三志おさむ会の会合。落選したのにもかかわらず、多数の人が集まってくれて、いろいろと励ましてくれた。僕自身は、自分が候補者ではなく、かつ、政治的な人間であり続けたいというのが本心だが、その具体的イメージを掴み切れないでいるので、発言が曖昧模糊としたものになってしまい、みんなに迷惑をかけている感じだった。
晴れ時々曇り


2003/06/19(木)  あいちネット運営委員会
 夕方から名古屋で「あいちネット運営委員会」。出席率悪し。当面、徳山ダム問題と住基ネット問題を扱うことを確認。
曇り時々雨


2003/06/18(水)  きょうの市民の会
 夜の会合は、6月市議会開会中とあって、岡田市議から議会報告。彼の質問テーマである病時・後保育問題から発展して、グローバル下における賃金デフレ問題が話題に。僕は、労働運動のあり方の根幹が問われていると思うのだが。
 PCB処理施設問題についてビラ撒きをすることを確認して、11時過ぎに散会。 
雨


2003/06/17(火)  近隣関係の相談
午後、日照と排水の問題で、近隣関係の相談の電話あり。現場を見なければと直感したので、足を運んだ。案の定、解決の名案は浮かばず。愚痴を聞くだけで終わった感じ。
 昨日の法律相談といい、こんな相談にのることをボランティアにする活動もあるように思ったが、果たして、自分がやったことが、相談相手の役に立っているのか、それが問題だ。
曇り時々雨


2003/06/16(月)  特記事項なし
 午後、1時間半の離婚の法律相談を含めて、終日司法書士稼業。特別なことはなかったが、それなりに充実感のある1日だった。
雨


2003/06/15(日)  父の日
 朝、町内の草取り作業が雨天順週となったので、寝直した。
 次男夫婦から、父の日のプレゼントとして焼酎を送ってきた。妻はご機嫌斜めだったが、僕は上機嫌になった。
 スッキリしない天候もあって、ダラダラと休養日として過ごした。
曇り時々雨


2003/06/14(土)  中環境
 「中部の環境を考える会」の今年度の総会のため、名古屋へ。5時までの長丁場の集会だったが、万博・空港・徳山ダムについてのまとまった資料が入手できた。
 夜は、南部おさむ会の会合。高山夫人の手料理でよく飲んだ。高山夫婦以外の女性連は、それほど長い付き合いではないが、いい人ばかりで、心底残念がり、慰めてくれた。
曇り時々雨


2003/06/13(金)  いろいろなこと
午前と午後と、葬儀各1件。午前は、小・中学の同年だった女性。葬儀用の写真がきれいだったのが救いだった。
 その後、消防団詰所の用地の件で、区長らとともに市役所へ。税務署への怒りは治まっていないが、一応の結論が出た。
 夜の自治区評議員会でその件について報告。久しぶりに時間に追われた一日だった。
 夜11時ごろ思い立って、妻と扶桑町でホタル見物に。チラホラとかわいい光が見えた。
曇り時々雨


2003/06/12(木)  顕彰会理事会
 また自己破産の相談あり。気が滅入る。
 夜、渡辺守綱公顕彰会の理事会。6月28日の総会の議案審議。町内で不幸があったため、いつもより欠席者が多かったが、予定通り終わった。
曇り時々雨


2003/06/11(水)  きょうの市民の会
 夜の会合は、6月17日に予定されている岡田市議の一般質問について。病児・病後児保育の基本概念について、いろいろ聞いてみた。問題意識はよくわかった。実のある答弁を期待するのみだ。
曇り


2003/06/10(火)  社民月例会
 昼間は、例によって特記事項なし。
 夕方、誘いがあって社民支部の月例会に、選挙後はじめて出席。遅ればせながら、お礼とお詫びの挨拶をした。「僕が落選したのは、この地区で労組の社会的存在価値が喪失してしまったためだ」と豪語してしまった。
曇り


2003/06/09(月)  ジャガイモ掘りなど
 午前、妻に尻を叩かれてジャガイモ掘り。久しぶりに鍬を握って土が固いのに驚いた。
 午後は、顕彰会の総会のための事務処理。
 後は、事務連絡用の手紙を2通書いた。
晴れ


2003/06/08(日)  合併問題懇談会
 午後6時から高橋交流館で、豊田市主催の合併問題懇談会。それに備えて日中、HPで「合併問題研究会」の過去の議事録を通読した。
 会場で3点の質問をしたが、答弁者は鈴木市長で、問題意識が似通っていることがわかって、深追いを止めた。しかし、「できれば、簡単に事を済まそう」とする姿勢が見え隠れし、不信感は払拭できなかった。
 その余の時間は、顕彰会の総会資料の作成作業。
晴れ


2003/06/07(土)  顕彰会監査
 昼、町内の葬儀に参列した後、渡辺顕彰会の監査会。監査は簡単に終わったが、今後の顕彰会の活動のあり方が話題になった。難しい課題だ。
 自己破産か民事再生かに関わる2件を継続相談中。それぞれ新しい情報が入る度に、僕自身が動揺している。
 有事立法やイラク特別立法など、頭に来ることばかりだが、同時に無力感に陥る。どうせ戦争に巻き込まれるのは、僕らではなくて、若い世代だから、「勝手にせよ」と言いたくなる。
 
晴れ時々曇り


2003/06/06(金)  平凡な一日
 金にならない相談事も含めれば、不思議と司法書士の仕事が切れずにある。今日も、そんなことで一日が暮れた。4年前落選した直後には、何もすることがなくてボーッとしていた日があったが、今回は事情が違う。有難いことには違いないが、こんなことだけをしていて良いのか、という思いもチラツクようになった。
晴れ


2003/06/05(木)  古橋高治氏葬儀
 先日の加藤秀夫氏に続いて、古橋高治元市議の訃報の連絡あり。1963年に豊田市議会に革新議員が登場するまでは、野党的立場であった人。僕から見ると、批判勢力としては権力欲が強く、優柔不断なところがあって、それ故に人間味があった人だ。ただ、矢作川漁協の組合長になられてからは、僕にとっては批判の対象であった。仲良しでも喧嘩相手でも、葬儀に参列するのは寂しい限りだ。 
晴れ


2003/06/04(水)  きょうの市民の会
 陽が高いうちは、司法書士稼業で暮れた。
 夜の会合での話題は、岡田市議が取り組んでいる病中病後幼児児童の保育教育の問題と、合併問題、PCB問題など。選挙後のけじめとして、とりあえず会報を出すことになった。
曇り


2003/06/03(火)  顕彰会史跡めぐり
 朝から、渡辺守綱公顕彰会の史跡めぐり日帰り旅行。今年は近くの、長久手古戦場、小牧山、犬山城。長久手と犬山では、地元のボランティア・グループによる説明もあって、実りあるものになった。僕らも寺部でボランティアができるようになりたいものだ。
晴れ


2003/06/02(月)  加藤秀夫氏逝く
 午後、先輩の市会議員であった加藤秀夫氏の葬儀に参列(享年83歳)。当時は児童・生徒の激増期で、とにかく学校を新設すること、そして新しい校区割りをするのが、地域での議員の仕事だった。「教育と福祉については、党派を超えて地域でまとまろう」と高橋地区議員団を提唱した人だった。そんな配慮が、新米議員だった僕にも活動の場を与えてくれたと思う。どんなに長い挨拶をしても、最後に「はなはだ簡単ですが」と締めくくられた口調を、なつかしく思い出した。
 
晴れ


2003/06/01(日)  また痛飲
 午前中思い立って、笹退治の庭の草取り。こんなことをやろうという気分になったのは、何年かぶりだ。
 夕方から、友人宅で昔の市政研の生き残りメンバーで懇親会。候補者と応援者という関係ではなく、全く平等に議論ができる唯一のグループ。20歳代からの付き合いだから、みんなが僕の敗戦を、各自の一生の総括みたいに考えていてくれた。大いに飲んで言いたいことを言った。いささか飲み過ぎたが、気分はよかった。
晴れ


( 2003/07 ← 2003/06 → 2003/05 )



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